松山地方裁判所 昭和33年(ワ)567号 判決 1960年8月05日
温泉郡中島町大字元怒和
原告
山城菊松
右訴訟代理人弁護士
白石近章
右同所一一一〇地地
被告
森四郎
右当時者間の昭和三三年(ワ)第五六七号農地引渡請求事件につき、当裁判所は左の通り判決をする。
主文
被告は原告に対し温泉郡中島町大字元怒和字草井甲二百九十番地畑一反一畝一八歩のうち六畝歩(現況傾斜地で上中下三枚に分れたその最下段の一枚)を引渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、原告は主文第一項掲記の畑一反一畝十八歩の所有者である。而して右畑の現況は傾斜地で上中下三枚に分れているが、被告は何等の権限なくして右畑のうち最下段の一枚六畝歩(以下単にこの六畝歩を本件畑と略称する)を昭和三十三年五月頃以来麦などを値えつけて占有耕作している。よつて原告は被告に対し所有権に基き右畑の引渡を求めるため、本訴に及んだと陳述し、被告の主張事実はこれを争う。特に原告は訴外河原重吉に対し本件畑を売渡したようなことはない。尤も原告が昭和二十八年五月頃当時同訴外人から金一万六千円を金借していたので、これを返済する迄無償で使用収益させる約の下に本件畑を同人に引渡したことはある。仮りに被告主張の如き売買契約がなされたとしても、其の売買は県知事の許可を受けていないから、農地法第三条に違反し無効であると述べ、
立証(省略)被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中原告主張の畑一反一畝十八歩がもと原告の所有であつて登記簿上原告の所有名義になつていること及び被告が本件畑六畝歩を現に占有耕作していることは認めるが、其の余は総て争う。本件畑は訴外河原重吉が昭和二十八年五月頃原告より県知事の許可を条件として代金十五万五千円で買受けて其の引渡を受け、それを更に被告が昭和三十三年四月十五日同訴外人より県知事の許可を条件として代金二十五万円で買受けたものである。尤も右各売買につき県知事の許可を得ていないことは原告の主張通りであるが、仮りに其の為め右売買が農地法に違反し無効であるとしても、右農地の引渡は不法原因給付にあたるから、原告は其の返還を請求することができない。よつて原告の本訴請求に応ずる必要がない
と述べ
立証(省略)
理由
本件畑がもと原告の所有であつて、登記簿上現に原告の所有名義になつていることは当事者間に争がなく、(中略)を綜合すると、原告は昭和二十八年五月頃訴外河原重吉に対し本件畑を、代金は六万五千五百円とし、代金は六万五千五百円とし、代金支払方法は、内金一万六千円を当時原告が同訴外人に負担していた合計金一万六千円の金借債務と相殺し、内金四万九千五百円は、支払に代えて、原告が当時被告に負担していた元金合計三万九千五百円及び利息合計金一万円の金借債務を右訴外人において原告に肩代りして支払うと約し、且つ買戻期間を定めず、原告が右代金を支払うときは何時でも買戻しができる旨の特約の下に(当事者双方とも農地法による県知事の許可を受ける意思なく)売渡し同時に右畑を引渡した事実が認定できる。しかしながら、右売買について農地法第三条による県知事の許可を受けていないことは当事者間に争いがないから、右売買契約は無効であると謂わねばならず、結果本件畑の所有権は右河原重吉に移転せず、従つて同人からこれを被告が買受けたとしても、其の所有権が被告に移転するいわれがなく、右所有権は依然として原告に存するわけである。
よつて被告の抗弁について考えるのに、民法第七百八条に所謂不法の原因とは、公序良俗に反する場合をさすのであつて、法律の禁止規定に違反した行為であつても、その行為自体が公序良俗を害するものと謂えない場合には同条の適用はないものと解すべきところ、県知事の許可を得ないでなした前記売買契約は農地法第三条により禁止されているけれども、しかし公序良俗に反するとは謂えないから、右売買による農地の引渡を目して、直ちに民法第七百八条の不法原因に基く給付としてこれが返還を求め得ないと解することができないのみならず、寧ろ農地の返還を認める方が農地法の目的に適うとも謂えるので、被告の右抗弁は失当であつて採用することができない。
而して、被告が現に本件畑を占有耕作していることは当事者間に争いがないが、被告がこれを占有すべき権限は遂に認められないから、原告の所有権に基く本訴請求は正当であつて認容すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、なお原告の求める仮執行の宣言は、本件事案にかんがみこれを許可することが妥当でないと考えるので、これを許さないこととし、主文の通り判決をする。
松山地方裁判所第一民事部
裁判長裁判官 加藤龍雄
裁判官 仲江利政
裁判官 礒辺衛